周 豪 テキスト

坊さんが日々同じお経を唱えて日々新しい世界を観るかはわからないが、似て非なる何かがあるに違いないと近頃は想像する。
尋常単純な画面への追求は年追うごとに強くなり、繰り返す類似した形や色に対しても敢えて避けず、受け入れて付き合う。

変哲のないことを厭わず、変えることより変わることにこそ価値と意義があると信ずる。
形なき風、その動きを顕在化するのに一片の葉っぱで十分であろう。作品の一点一点も似たような効を奏さなければ悪戯に等しい。

コロナ禍の中とは言え、創作は単独作業故、別段顕著な影響はない。規制や自粛などで社会交流の面では明らかに外出は激減したが、その分作品との対峙時間は曾てない濃密なものとなった。そんな中で制作した今回の作品である。

小振りのものを中心に構成してみた。十数層もの塗り重ねで、画面が徐々に生気を帯び主張しはじめる。いずれも作者の意思で始動したものの、制作が進むに連れて次第に作品主導に変わり、逆転する主従関係に従順する自分と、戸惑い混じりの快感がそこにある。

制作は子育てのそれに似ている。作品は反抗期を経て自立していく。そして作者も第三者となり自作の他者性を楽しむという交替劇。これらの作品から何かを感じ取って頂けたらこの上ない喜びである。

周 豪 ZHOU Hao

略歴・主要展覧会歴・収蔵先

略歴

1960年、中国・上海市に生まれる。6歳から高校までの約10年間を文化大革命の時代に過ごす。

1983年、私費留学のため来日。翌1984年、武蔵野美術大学造形学部油絵学科に入学。 3年次に新設された版画コースへ進み、同コースの第一期生としてリトグラフを学ぶ。 この時期から作品は次第に抽象的な表現へと変化していった。

同時期に柳宗悦の民藝思想に触れて感銘を受け、鈴木大拙の禅に関する著作などをきっかけに、 自国の古典文化を意識するようになる。 老荘思想の書物を繙く一方、日本および西洋の現代美術にも関心を寄せた。

1987年、小山敬三美術振興財団の奨学金を受け、 第1期アジア美術留学生として山梨県の白樺美術館で滞在制作を行う (東京吉井画廊協賛)。

1988年、武蔵野美術大学造形学部油絵学科版画コース卒業。 1989年、日本政府(文部省)奨学金を受ける。 1990年、武蔵野美術大学大学院造形研究科美術専攻版画コース修士課程修了。

大学院修了後、東京・東麻布にあった益田祐作主宰の版画工房MMGに入社。 描版と刷りの仕事に携わりながら、自身の版画作品の制作・発表を続ける。 2003年に退社し、以後、作家活動に専念する。

2008年、2010年の二度にわたり、益田祐作の斡旋により、 フランスの Atelier Rémy Bucciali で銅版画を制作。 2016年、LOVEART – Summer Artists Residence Project に参加し、 イタリアで滞在制作を行う。

上海と横浜を拠点に生活し、制作活動を続けた。 日本と中国を中心に個展を開催するとともに、 国内外の国際版画展やアートフェアに参加した。

2023年9月、逝去。享年62。