金 明植 活動歴
金 明植は、ソウルとニューヨークをはじめとして、マイアミ、東京、上海などの各地で70回を超える個展を開催してきた活動的な画家である。2004年にはニューヨークで、年間5回の展覧会、2010年には日本で、巡回展「九州から北海道まで」を7箇所の画廊で開催した。その最初の展覧会をあーとらんど ギャラリーで開催して以来、今年10周年の節目となる記念展を当画廊で開く。画家はいつのまにか古希を迎えている。
今回の展示は、近作を中心に彼の画業50年を回顧する。イーストサイド ストーリーは1990年代末、彼が陥ったマンネリズムから離脱しようと初めて訪問したニューヨーク旅行で感銘を受け、2004年遂にニューヨークにアトリエを構え誕生した作品だ。
ある日彼は、アトリエへ行く車窓から眼に入る小さな家が、あたかもそこに住んでいる人々の顔に見えた。 すぐさまアトリエに戻り、狂ったようにその映像の中の人々を描き進めた。 そのようにして生まれたのが「イーストサイド ストーリー」である。 家と人をオーバーラップさせたのだ。白い家は白人、黒い家は黒人、黄色い家は東洋人という新しい神話を創り出した。
世界に単一民族国家はない。すでに多元化されて多民族が共に生きている。葛藤や衝突も起きるが、互いに力を合わせて国力を育てて文化を作り出す。家は同じ大きさにして色を変えて表現したのは、人種差別がない平等社会を追求する趣旨である。従って、究極的な目的は和合と平和、そして希望だ。
独創的な画面構成と優れた色彩感覚で完成されたイーストサイド ストーリー、遂にニューヨークで注目を浴びることになり、翌2005年1月ニューヨーク5番街のリズギャラリー「アジアン3人展」に招待された。同年2月ロシュィコスカギャラリー(ニューヨーク)、2006年ディアスポラ バイブ ギャラリー(マイアミ)、2007年PS35ギャラリー(ニューヨークチェルシー)、2008年蘭利ギャラリー(上海)、 2015年みぞえ画廊(福岡、東京)等で続けた個展で国内外の美術界に強い印象を与えた。
特に今回の展示は、2000年初めに誕生したイーストサイド ストーリーが20年間でどのように変化してきたのか、またその誕生から現在まで、大まかに以下のような3段階の変化も見ることができる。
2000年 ニューヨーク時代
2010年 日本時代
2015年 定年退職後、韓国龍仁市田園の村に定住し、作品が自在に変化。
金 明 植 Kim Myung-sik
1949 ソウル生まれ
1974~81 韓国中央大学芸術大学絵画科卒業 同大学院卒業 2004 ロングアイランド大学研究教授(ニューヨーク, 米ロ)
2010 九州産業大学研究教授(福岡,日本)
受賞
2008 月間美術世界作家賞平面部門受賞
2014 張利錫美術賞受賞
1981 中央美術大展特選
77,78,79 具象展 銅賞,銀賞,金賞
個展約80回以上(1984~2023) ソウル、釡山、大邱、大田、光州、東京、神戸、福岡、丸亀,札幌,上海,杭州, マドリード,シドニー,バンクーバー,マイアミ,ニューヨークなど
2010 年度 日本列島巡回展(東京、大阪、神戸、福岡、札幌、四国、熊本)
現在 東亜大学校芸術学部名誉教授。
大韓民国美術大展運営委員、審査委員
【主な作品収蔵】
国立現代美術館美術銀行,ソウル市立美術館、釡山市立美術館、リウム美術館、SAMSUNG、 LG、 戦争記念館、ハンファグループ、オリンピアホテル、ニューソウルカントリークラブ、 企業銀行香港支店、東西食品、釡山地方検察庁、駐中北京韓国大使館、センタムリーダーズ マーク、 Grace Institute(New York)GSカントリー、釡山聖母病院、トマト貯蓄銀行、 韓国電力、小林脳神経科病院、S-OIL、ソウル行政裁判所ほか