テキスト:思考する絵画 周 豪
能は、面の表情が消されたにもかかわらず一層表情し、緩慢たる所作(動き)にもかかわらず、一層生命の律動を思わせる。人は誰もこの不思議さに極東の美意識の深奥に気付くだろう。制作も消したり、弱めたりした中で不思議な生命力を獲得していく。この矛盾にも思える事柄に、一東洋人としての安堵と神秘を味わうものだ。
復活は一度の死を経ることを前提とする。画面は究極のところ、モノを足した結果でなく、モノを消した結果でしかない。真に絵画が絵画を足らしめるために、絵画性をどう捉えるかの核心に触れなければならない。
墨絵やモノタイプの場合、手と頭の駆けっこかのように速やかに手を動かす、それは想念やイメージに追い付かれないため。しかし油彩は、時間をかけて仕上げていくのに適し、作品を己の美学に最大限に近づけることが出来る。いわばライブ録音に対してスタジオ録音のようなものだ。宿命的に、作品は出会えた媒材の必然性に導かれた結果でしかない。
油彩を描く時、私は常に気にするのは、空間的、時間的、心情的『間』ということだ。筆致の一つ一つに、この『間』という意識を込めて塗り重ねていく。思えば人生も生と死の『間』(ここは「あいだ」と読む)なのだ。最近の作品はもはや目を休ませる場所、のようなものに変わった。
中国の「無」、インドの「空」、そして西洋の「有」、、、世界の捉え方は多岐多様だが、しっくりくるのは「無」や「空」。所詮東洋人なのだろう、天才的創造よりも、次第に達観や悟性の深さにこころが惹かれて行く。そしてそれぞれのDNAの極限性、異文化の薫陶と影響、、、これらを一体どう作品に結実するか、私自身それを見てみたい。
略歴・主要展覧会歴・収蔵先
1960年、中国・上海市に生まれる。6歳から高校までの約10年間を文化大革命の時代に過ごす。
1983年、私費留学のため来日。翌1984年、武蔵野美術大学造形学部油絵学科に入学。 3年次に新設された版画コースへ進み、同コースの第一期生としてリトグラフを学ぶ。 この時期から作品は次第に抽象的な表現へと変化していった。
同時期に柳宗悦の民藝思想に触れて感銘を受け、鈴木大拙の禅に関する著作などをきっかけに、 自国の古典文化を意識するようになる。 老荘思想の書物を繙く一方、日本および西洋の現代美術にも関心を寄せた。
1987年、小山敬三美術振興財団の奨学金を受け、 第1期アジア美術留学生として山梨県の白樺美術館で滞在制作を行う (東京吉井画廊協賛)。
1988年、武蔵野美術大学造形学部油絵学科版画コース卒業。 1989年、日本政府(文部省)奨学金を受ける。 1990年、武蔵野美術大学大学院造形研究科美術専攻版画コース修士課程修了。
大学院修了後、東京・東麻布にあった益田祐作主宰の版画工房MMGに入社。 描版と刷りの仕事に携わりながら、自身の版画作品の制作・発表を続ける。 2003年に退社し、以後、作家活動に専念する。
2008年、2010年の二度にわたり、益田祐作の斡旋により、 フランスの Atelier Rémy Bucciali で銅版画を制作。 2016年、LOVEART – Summer Artists Residence Project に参加し、 イタリアで滞在制作を行う。
上海と横浜を拠点に生活し、制作活動を続けた。 日本と中国を中心に個展を開催するとともに、 国内外の国際版画展やアートフェアに参加した。
2023年9月、逝去。享年62。