周 豪さんの逝去
誠に悲しいお報せをしなければなりません。
去る9月18日に周豪さんがお亡くなりになりました。
享年62歳。
周さんが東京で参加した小品展、1月末にメールで連絡をもらった内容を参考にして、2ヶ月かけて立ち上げたディメンション Zero 展。これが最後の舞台になってしまいました。
1999年5月に最初の作品が画廊に届いて以来、休むことなく作品を展開するその制作エネルギーに圧倒されながらいっしょに走ってきました。 もうこれ以上希望はないのだと、8月末に掛かってきた電話で病状を聞いた後、3週間も経たずにあっという間に姿を消してしまったのです。 9月19日、逝去の報せを聞いた時は呆然として声も出ず、涙が溢れるばかりでした。何か夢を見ているような、よそ事のようにしか聞こえませんでした。
25日、横浜で無宗教での少人数の葬儀が執り行われる会場に着くと一番に周豪さんの亡骸に会いました。不意に訪れたその面影を覗き込んでも涙が湧いてきません。ついこの間電話で話したばかりなのに、目の前に冷たくなった周さんの顔があるなんて、この事実を受け入れることができなかったのです。
周 豪さん、長い間有難うございました。 これからも私たちが元気でいる限り、周さんの作品を伝え続けて行きますので、見守っていてください。
2023年10月12日 山下高志・英理子
追伸
今年5月に来年の個展をお願いしようとメールでやりとりし、10月に開くことに決まっていました。これがまさか遺作展になるとは・・・。
そこで命日を挟んで遺作展に替えようと、下記の予定に変更しました。
周 豪 遺作展 2024年9月7日(土)〜10月6日(日)
略歴・主要展覧会歴・収蔵先
1960年、中国・上海市に生まれる。6歳から高校までの約10年間を文化大革命の時代に過ごす。
1983年、私費留学のため来日。翌1984年、武蔵野美術大学造形学部油絵学科に入学。 3年次に新設された版画コースへ進み、同コースの第一期生としてリトグラフを学ぶ。 この時期から作品は次第に抽象的な表現へと変化していった。
同時期に柳宗悦の民藝思想に触れて感銘を受け、鈴木大拙の禅に関する著作などをきっかけに、 自国の古典文化を意識するようになる。 老荘思想の書物を繙く一方、日本および西洋の現代美術にも関心を寄せた。
1987年、小山敬三美術振興財団の奨学金を受け、 第1期アジア美術留学生として山梨県の白樺美術館で滞在制作を行う (東京吉井画廊協賛)。
1988年、武蔵野美術大学造形学部油絵学科版画コース卒業。 1989年、日本政府(文部省)奨学金を受ける。 1990年、武蔵野美術大学大学院造形研究科美術専攻版画コース修士課程修了。
大学院修了後、東京・東麻布にあった益田祐作主宰の版画工房MMGに入社。 描版と刷りの仕事に携わりながら、自身の版画作品の制作・発表を続ける。 2003年に退社し、以後、作家活動に専念する。
2008年、2010年の二度にわたり、益田祐作の斡旋により、 フランスの Atelier Rémy Bucciali で銅版画を制作。 2016年、LOVEART – Summer Artists Residence Project に参加し、 イタリアで滞在制作を行う。
上海と横浜を拠点に生活し、制作活動を続けた。 日本と中国を中心に個展を開催するとともに、 国内外の国際版画展やアートフェアに参加した。
2023年9月、逝去。享年62。