国居惠子「今回の作品について」
晩年の周豪と私は、いつも横並びで油絵を描いていました。
リビングの片隅が、二人のアトリエでした。
並んで描いていても、それぞれ自分の絵に没頭するので、意外と気になりません。 ただ、私は椅子に座って描いていましたが、彼はずっと立って描いていました。 二台重ねたマップケースの上に小さなイーゼルを立て、目の高さに調節していたのです。
また、描いた後は必ず二人とも、絵の具はもちろん、イーゼルもキャンバスもすべて片付け、きれいにしていました。
それは最後の最後まで変わりませんでした。
亡くなる前年、周豪と私とで相談して、どちらが使ってもいいつもりで、 60×45cmの厚いキャンバスを20枚以上買い込みました。
周豪は、それを積み重ねていた窓際を眺めるのがとても嬉しかったらしく、 「ついついぼーっと見惚れてしまう」とFacebookに書いていました。
でも、結局、彼がそれを使うことはありませんでした。
その後も白いまま、ずっと積んでいましたが、 白いキャンバスがある――となると、それは描くしかない、と私は思ったのです。
今回、そのキャンバスを8枚組にして、大きなテーブルを描きました。
何となく、ゆるっとしたテーブル。
これから人が来るかもしれない場所として。
そして、ほかにも卓上のあれこれを6点描きました。
テーブルの上は幸福な場所です。
そして、そこから見えないものと、いつかつながる気がするのです。
周豪は、私に「いい絵を描けよ」と最後まで言っていました。
だから一人になっても描くつもりでしたが、最初の二年くらいは、 やっと小品を描いても本当に苦しくて、よく泣きながら描きました。
絵を描くことは、自分の心に向き合うことなのだと、あらためて思い知りました。
ようやく、ちゃんと描けるようになったのは、この頃です。
そして、やはり今も彼は隣で描いている、と感じています。
国居惠子