周豪 × 国居惠子 展
2026年10月3日(土)〜10月25(日)
水曜~日曜 : 11:00 ~17:00
展覧会最終日: 11:00 ~16:00
休 廊 : 月曜、火曜
■ 作家の詳細情報は、下記をクリックしてご覧ください。
周豪 × 国居惠子 展
2026年10月3日(土)〜10月25(日)
水曜~日曜 : 11:00 ~17:00
展覧会最終日: 11:00 ~16:00
休 廊 : 月曜、火曜
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2026年10月3日(土)〜10月25日(日) あーとらんどギャラリーでは、2026年10月3日(土)から10月25日(日)まで、 「周豪 × 国居惠子 展」を開催いたします。 周豪さんが2023年に亡くなり、翌2024年、 あーとらんどギャラリーでは「周豪―足跡を辿って―」を開催しました。 初期の版画から晩年の作品まで、その仕事の変遷を辿る展覧会でした。 展覧会を終えた時、周豪さんの仕事について、 画廊としてできる集大成を出し切ったように思っていました。 しかし、本当にそうだろうか。 今回、国居惠子さんとの二人展を考える中で、 その問いがふたたび浮かびました。 きっかけの一つは、リービ英雄『Manyo Luster』の序文でした。 「万葉集は、新しい。」 千三百年という時間を経ても、あたかも昨日書かれたかのような 新しさを持つ言葉。その文章を読んだ後、 月のような形が浮かぶ周豪さんの2006年の油彩画をあらためて見ました。 Manyo Luster――「万葉の艶」。 時間を経てもなお、新しく現れるものがあるとすれば、 「足跡を辿る」展覧会の、その次に現れたのは、この問いでした。 今回展示するのは、過去の作品と現在の作品という 単純な対比ではありません。 晩年まで隣り合って制作を続けた周豪さんと国居惠子さん。 そして国居さんの新作には、二人がともに使うつもりで用意しながら、 周豪さんが描くことのなかったキャンバスが使われています。 そこに描かれたのは、一つの大きなテーブルです。 これから誰かが来るかもしれない場所。 周豪さんの作品と、その隣で描き続ける国居さんの現在。 そんな思いから、この展覧会を開催します。 晩年の周豪と私は、いつも横並びで油絵を描いていました。 並んで描いていても、それぞれ自分の絵に没頭するので、 意外と気になりません。 ただ私は椅子に座って描いていましたが、 彼はずっと立って描いていました。 二台重ねたマップケースの上に小さなイーゼルを立て、 目の高さに調節していたのです。 また、描いた後は必ず二人とも、 絵の具はもちろん、イーゼルもキャンバスもすべて片付け、 きれいにしていました。 亡くなる前年、周豪と私とで相談して、 どちらが使ってもいいつもりで、 60 × 45cmの厚いキャンバスを20枚以上買い込みました。 周豪は、それを積み重ねていた窓際を眺めるのがとても嬉しかったらしく、 「ついついぼーっと見惚れてしまう」とFacebookに書いていました。 でも、結局彼がそれを使うことはありませんでした。 その後も白いまま、ずっと積んでいましたが、 白いキャンバスがある――となると、 それは描くしかない、と私は思ったのです。 今回、そのキャンバスを8枚組にして、 大きなテーブルを描きました。 何となく、ゆるっとしたテーブル。 そして、ほかにも卓上のあれこれを6点描きました。 テーブルの上は幸福な場所です。 周豪は、私に「いい絵を描けよ」と最後まで言っていました。 だから一人になっても描くつもりでしたが、 最初の二年くらいは、やっと小品を描いても本当に苦しくて、 よく泣きながら描きました。 絵を描くことは、自分の心に向き合うことなのだと、 あらためて思い知りました。 ようやく、ちゃんと描けるようになったのはこの頃です。 そして、やはり今も彼は隣で描いている、と感じています。 国居惠子 周豪 × 国居惠子 展
足跡の、その先へ
「周豪作品の艶」とは何だろう。
その二人の作品が、もう一度、同じ場所に並びます。
人が集い、ものが置かれ、時間をともにする場所。
その二つが同じ空間で出会うことで、 これまで見えていなかった何かが現れるのではないか。 国居惠子「今回の作品について」
リビングの片隅が二人のアトリエでした。
それは最後の最後まで変わりませんでした。
これから人が来るかもしれない場所として。
そして、そこから見えないものと、 いつかつながる気がするのです。